|
世間には色々な人がいると解り切っておりますし、 色々な人がいる世の中の方が面白いと思います。 あー仕事上のぐちっぽい話はブログではしないように心がけていますが・・・・今回はさすがに我慢できなくなったので一寸一言だけ・・・・ どんな話題にも自分が中心でなければ気がすまないって人はいますよね。 大なり小なり万人がそういう要素を持っていると思いますし、かくゆう私だって多々そういうところはあります。 楽しい談笑中にいきなり割って入って来て、強引に話題をさらい、自分の知っていることしか喋らない。まあ、別にそこまではいいのです。 やっかいなのが、談笑の中身とかその場の空気とか全く読まないで、ただ耳に入った会話から、自分にとって都合の良い語彙しか拾わず、自分勝手にしゃべくり倒す。まぁ、まだまだそこまでだったら許せます。 ホントにむかつくのが、これまでの会話を吟味することなく、“見下し”と“否定”で返し(これだけでこの場が興ざめ)、さも自分の口からでる理論がここにいる人間の中では賢く正しい・・・と思っている。(もしかしたら自覚ないのかも。。。うおっ) ようするに教えたがり屋さん。 そして、割り込まれた相手の思考や気分も察せず、勝手に自己完結。 うらぁ!!アンタそれで気持ち良いかい? それがアンタの言う「言論の自由」かい?? 私は聖人君子でもないし、それどころか誰にも自慢できるほど立派な人間ではございません。むしろ社会の底辺で辛うじて蠢いているダメダメ人間。。。。だから余計わかる。 ただのおしゃべりでも言葉を交わしていくうちに、知識とか感性とか、そういうのをお互いにもっと高め合うようにするのがコミュニケーションであり、それが(多少の誤解は生ずるにしても)違う人間同士の相互理解だと思う。特に価値観や感性の違いが大きい程、苦労も多い分、その意義は深くなります。私はいつもそれを念頭に置いて発言していますし、また聞き役だけに回ったりもします。 たとえ相手が私より遙かに(あら?)年下でも、時々というかしばしば「はっ!!」とさせられる時ってありますから。 自分が主張する分、相手の言いたいこともちゃんと聞く。当たり前ですけど一番大事。 なにも全てに相槌を打つ必要はありませんが、自分とは違うからって、全人格を自分の尺度で決め付ける。。。のはいけません。 もうそうなると、ムカツキを通り越して、悪意しか感じません。 アナタ、人の話を聞いているでしょうが、実は理解はしていないのですヨ。そして受け入れられないのでしょうね。あ〜〜〜器が小さいから?(←さすがに言いすぎ) それと誤解していらっしゃるかもしれませんが、私はどんな話にもニコニコ聞いていられるほど、寛容ではございませんよ〜〜顔の表情で判断しないでね〜〜(私が性質悪かったりして) 以上、我慢して黙ったままにしないで、今度またこういうことがあったら、近いうち一緒に飲みに行って(酒飲めないけど)、相互理解に努めようと決めました。人の話は全く聞かない人ではないので。。。それに職場ではたぶん逃げるから。。。 毒ばっかり吐いてしまいましたが、上記のような嫌な気分をふっとばす嬉しいことも(*^_^*) 現在、『日本書紀』版の八俣の大蛇をイラスト化しようと、K・I女史と共同作業中でございます。 『古事記』版の八俣の大蛇は、各方面でビジュアル化されていますが、『日本書紀』版はほとんど・・・というか全く見たことがありません。手本がないので、作業は手探り状態です。 やはりやってみて、『古事記』のとは少しちがう姿形で、グロさではもしかしたら『日本書紀』版の方が上ではないかと。 それで、私の解釈も含ませて、下書きは私が描き、それを元にK・I女史がちゃんとしたイラストとして仕上げる。 その作業の途中過程で、K・I女史がMacで試験的に書いたカラーイラストが、私の感性と解釈にジャストフィット。 予定外のイラストですが、同人誌に載せようと決心しました。 ・・・が、そうすると・・・データー入稿ということになりますが、どうすればいいの??? 表紙をカラーにすると、印刷代ひいては本代が飛躍的に高価になる。。。 では口絵???。。。おうおう、どーしましょvvvv 本代が少々高くなってもいいから、表紙はカラーが良いですか???訊いてみたい。 |
| << 前記事(2005/01/23) | ブログのトップへ | 後記事(2005/01/27) >> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
こんにちは。 |
ち〜ぼ〜 2005/01/26 14:24 |
| << 前記事(2005/01/23) | ブログのトップへ | 後記事(2005/01/27) >> |